エイブラハムを聞いている人は分かるんだけど、「今いい気分」になりなさい。ということしか言ってない。
でもこのいい気分について誤解が多いからここで本当の意味を言いたい。
いい気分って「いい考え」じゃないからね!
いい気分っていう言葉が誤解を招いてると思うんだけどいい気分の本当の意味って
自分にとって一番「心地よい考え」「ホッとする考え」であってポジティブとされる考え方ってことじゃない。
私の出来事なんだけど、
私は「片付いた澄み切った空間」に自分を置くことがめーーーーーっちゃくちゃ好きなんだけど、子供達は足の踏み場もないくらいぐちゃぐちゃでも気にならないらしい。
この時に、「もし自分軸と繋がっていたらそのままを許せるから汚くても気にならない自分になる。」と聞いたので
間違った「いい考え」を理解していた時は、汚くてもいいんだと思わなければ、と思い「汚くてもいいよ。私がボルテックスにいるなら気にならないはず。」とか汚い部屋を無理矢理自分に受け入れさせようとしていた。そしてさらには「自分軸と繋がってるなら汚いのが気にならないらしい。気になるから私はまだまだなんだ。」と自己卑下まで始める始末。
これは一見いい考えから始まったかもしれないけど、自己卑下に行くくらいなんだからどう見たっていい気分ではない。好きでもない部屋の状態を好きにさせようとする拷問。
もちろん散らかった部屋で何も気にならないのなら楽だろう。でも、私は「綺麗な澄み切った空間」が好きなのだ。
ここでの私の「いい気分」は片付けること。そして散らかした息子たちと一緒に片付ける。もし息子たちがそんなん今やりたくない、というならトイルームに全部持って行ってもらって部屋を閉めてもらう。
他人が言った「いい考え」を自分に当てはめる必要はない。
私にとってはこの「もし自分軸と繋がっていたらそのままを許せるから汚くても気にならない自分になる。」という情報自体自分を苦しめるものになったので、この情報は私の中から捨てた。
自分が繋がっていたら他のことが気にならなくなるというのは本当だとは思う。自分で忙しくなるからだ。ただ自分の存在する場所の居心地は最高でなければいけない。自分の体が居心地いいわ〜って思える場所づくりは土台を作る上では必須。
誰かに言われたから綺麗にするとか綺麗な方がいいって聞くからとかじゃなくて、私はその澄み切った空間が心地いいからそうしている。
綺麗にした後は自分の手から出すエネルギーで場を浄化。もう最高♡