この記事でも触れたんだけど、私はPeople pleaser(お人好し)・自己犠牲を長くしていた。
当時はそれで他の人が幸せになって廻るなら良いと思っていたのだ。
でも、実はそれって誰のためにもならないって気づけたことから抜けれた。その方法をここから紹介したい。
1 まずは自分が自己犠牲していることに気づく。
当たり前のようなんだけどめっちゃ大事なこと。まずは自分で気づく。自覚する。自分で自覚できてなかったら他人事としてしか聞かないからね!
2 自己犠牲が実は人をダメにしている原因だって知る。
次は知ること。腑に落とす。自己犠牲している人って実はめっちゃ優しい人が多い。
その人のためにっていう思いでやってることがめちゃくちゃ多いんだ。
でも実はそれは真逆のことをしてるっていうことを知る。
自己犠牲は他人をダメにする理由。
依存関係を作ってしまうから。
自己犠牲って自分の欲求は後回しにして他人の欲求を聞いてしまうことを言う。
他人の言いなりになるってこと。それに慣れた他人はどうなるか。
「気分が良くなる」のだ。
相手は人を思い通りにして気分良く居たいので、もっと自分をご機嫌にしてくれよ、ともっと要求するのだ。つまり自分で自分の機嫌を取ることをしなくなってしまう。
そして言うことを聞いてくれる、コントロールできるという状態に自分の価値を見出す。
その奥には「自分には何もない」と言う否定が入っている場合が多い。
これをする相手ってこちら側がそうしたわけじゃなくて初めからそうだった可能性が一番高いんだけどね。でも、それを手助けしてることになる。
私の元旦那は自信満々に見えるんだけど実は自己肯定が低く私に機嫌を取ってもらおうとしていた。
私が料理を作ると、「そんな料理を作って自分はダイエット中なんだ!太らせたいのか?」となぜか怒られた。そしてその時は食べないのだが、真夜中に全部食べ終わっていた。そして、作った私が悪い。妻なんだから夫の体重をコントロールすべきだと。
今だったら、は?そんなん知るか!ダイエット中なら自分が好きなものを好きに食べたらいいんじゃないか。自分のことは自分で管理しろや〜って思うけど、当時は自己犠牲があったために「そんな料理を作ってる私が本当に悪いのかもしれない。夫の管理は私がしないといけないのかもしれない」と本気で思っていた。(びっくりでしょ?今の私じゃあり得ない。でも、昔やってたからね、それをしちゃう気持ちは分かる。)
上に見て分かるように、自分の機嫌を人に取ってもらおうとするのと共に自分の責任までも人のせいにし出す。
3 自分が分からなくなる。
自己犠牲してる人の多くは自分に自信がないことが多い。自己肯定感が低いのだ。
そんな私の意見に自信がない。価値がないと思っているので他人に必要とされている状況を作ってそこで「私は必要とされている」と自己価値を見出す。
自分で考える前に相手に意見を聞かないと決められない。相手に自分の人生の決定権を与えてると
自分の声が聞こえなくなる。そして波動の法則でコントロールする人を引き寄せるのだ。
カルトと一緒で健康な精神状態で聞くとおかしいって思うことも自分の責任だと思うようになってしまう。
それが続くと何が好きかわからない、なんでもいいってなってしまう。
これらを続けていくとどうなるか。
自分が消えていくのだ。誰か分からなくなる。
4 人の責任を取らないと決める。自分と他人との境界線をはっきりさせる。
これ私の中で一番大事だったこと。
私は↑を意識してから結構変わった感があると思っている。
自己犠牲している人って大体は自分と他人との境界線がめちゃくちゃ薄い。
無いにも等しいくらいなのだ。だから他人が自分の領域に土足で上がってきてもOKしてしまう、というか最初は全く気づいてない。
気づいた頃にはもう自分の家に住んでる。そして自分も実は知らない間に相手の家に土足で入ってる可能性大なのだ。もうトイレしてる時に相手がトイレの個室にいる感じ?笑 話変わるけど、前に寝室についてるバスルームでドアつけない家が流行ってたけどさ、トイレしてる時に寝室に誰かいたら普通に何も出したくないよね!笑 絶対ストレスだわ、そんな家〜と思い見てたなあ。
話を戻して、自分と他人の壁が薄いので、相手の感情を自分のことのように思って全部やってあげちゃう。
これ、常に意識しないと今でも癖で戻ってくる。こんな風に。
でも、これを知ってから、他人の問題は他人の課題で私と関係ないんだって割り切れるようになった。
そして
自分を知りたいって本気で思った。
人って自分で納得して本気でやるって自分で決めたことってやるんだと思っている。
だから他人がどれだけ背中を押しても、大丈夫だよって言っても自分がそう思わない限り現実は動かない。
自己犠牲をやめれた時って「もうやめる。自分を知って大事にする」って自分で決めた時なんだと思う。
あの人が変えてくれるかも、という期待がある時って変わることは滅多にない。
自分がなぜやめたいかを自分なりに納得して動き出した時に変わる。
まずは自分で「決める」。自分の腑に落ちるならどんな方法でもやり方でもいいんだって思う。